我慢をやめる生き方へ

我慢することをやめ、やりたくないことはやらない生き方を貫いていきたいと思います。

書評その109 ひきこもりの〈ゴール〉―「就労」でもなく「対人関係」でもなく 石川良子著

約10名のひきこもり当事者へインタビューし、彼らの胸の内を深く分析している本です。

ひきこもりがなぜひきこもっているのか、本人自身も言語化できていないもやもやした思いを著者が丁寧な聴き取りをすることで見事に導き出していました。

この本は著者が東京都立大学大学院在学中に書いた博士論文を加筆・修正した本でした。それもあって参考文献などの注釈が充実しているのは良かったのですが、ギデンズという学者の哲学的な話が出てきたりするところが難しくて読みにくかったのが唯一の欠点だと感じました。

 

著者の研究の結論として、ひきこもりの「ゴール」や「回復」は「ない」としています。

「回復」という単語は「元に戻る」ことを意味していますが、ひきこもりにとってどこに戻ることが回復になるのかがはっきりしないという点が挙げられています。

つまり、ひきこもりになった人にとって、「学校→会社」というレールに乗れないからひきこもったわけであって、そのレールに戻ることはできない以上、回復ではなく新たな生き方を作る以外にないというわけです。

また、「ゴール」が設定されると、そのゴールが当事者を追い込んでいくことになるとしています。

このようにゴールや回復はないとしながらも、あえて「回復目標」をどこかに置くとするならば、「生きることへの覚悟」や「生きることや働くことの意味といったもの」を個々の当事者が手にすることだと著者は結論付けていました。

こうした「いかに生きるべきか」「何のために働くのか」「自分の存在に価値はあるのか」といった疑問に一人ひとりが納得のいく答えが出ないまま働いてしまうと、結局またひきこもり状態に戻ってしまうことが例示されていました。

その例として、彼女ができたとか、30歳という節目を迎えたとか、父親と衝突したなどの外的要因によってアルバイトを始めた人が取り上げられていましたが、この人も9カ月でアルバイトを辞めてまたひきこもっていました。

 著者は二十代の若手研究者という立場で、当時四十代の年上の中年ひきこもりにもインタビューし、深い話を聞き出していました。ベテランのカウンセラーでも引き出せないような話を聞き出した著者の能力・人柄が印象に残りました。

2007年に出版されたこの本で、働く意味なんて考えないでとにかく試しに働いてみろというような就労支援が効果的でないことが立証されていたにもかかわらず、いまだに就労支援の現場はほとんど「動機や意味」よりも「スキル・マナー」などの「訓練」だけに終始している現状は当事者のニーズと乖離していて非常に嘆かわしいなと思います。