我慢をやめる生き方へ

我慢することをやめ、やりたくないことはやらない生き方を貫いていきたいと思います。

書評その4 芸術起業論 村上隆著

この本はとても分かりやすく、読み易かったです。

読みながら、なぜ分かりやすいかという事も分かりました。

著者はニューヨークでアメリカ人の富裕層を相手に商売をしていたので、アメリカ人に自分が作った芸術を理解してもらうために、人に説明する能力が凄く高まったんだなと思いました。

ページも230ページと短めに簡潔にまとまっています。一文も短めで歯切れよく話が進んでいきます。結論を後回しにせず、最初にズバッと言いますので僕のような脳内多動症の(≒飽きっぽい)人にとっては助かります。本を最後まで読まないと結論や主張が分からない本ではなく、最初から結論的な話が始まり、その説明が続いていくという構成になっています。

 

この本の内容を一言で言うと、「芸術で食っていく方法」です。

芸術で食っていくというのは、僕のような素人から考えても相当困難な事だろうなと思います。本当に一握りの人しか食っていけない世界だと思います。本を読んでみて本当にその通りでした。

芸術の世界で食っている人というのは、ほとんどが大学や専門学校の先生という職業で食っているのが現状で、自分が作った作品を売って食べている人はほとんどいないらしいです。著者によると、自分が作った作品を売るのではなく教えるだけの今の日本の芸術界は「すえた匂いのする腐った業界」らしいです。こういう既得権益層を歯に衣着せずに攻撃する発言ができるのは凄いと思いました。既得権益層に媚びへつらうことなく、自分で食い扶持を切り開いた人ならではの強気な発言だと思いました。

 

それでは、著者が一体どうやって自分の作品を売って生計を立てているかの話ですが、とにかく努力が凄いです。単なる天才肌の人ではありません。僕はこの人は天才ではなく、努力の秀才だと感じました。

作品を作る努力以上に、作品を売り込む努力が半端ないです。

著者の作品は数千万円から1億円以上もする物が多いのですが、そういう物を買える人は富裕層などの本当に限られた人たちなわけです。

そのため、そのような実際に買う人たちからどうやったら評価されるかを徹底的に考えて、それを実行しています。

芸術の本場ニューヨークで目の肥えたアメリカの富裕層やキュレーター(美術館等で芸術作品の管理や評価・鑑定等をする人)に高く評価されるために、今まで高く評価されてきた芸術作品の歴史を把握し、自分の作品もその流れの中で出てきた作品であり、高額で売れてきた作品群に連なる物であり、価値的にも同等に位置づけられる作品だという事を富裕層や芸術評論家等に説明していくのです。著者はその事を芸術の歴史の「文脈」を知る必要があるという表現で強調していました。

今まで高額で売れてきた作品と同等以上の作品であると認められれば、今までと同等以上の高額で売れるわけです。凄く論理的で緻密な考え方だなと思いました。著者からするとたまたま高額で落札されたのではなく、必然的に高額になったという事なんでしょうね。

この本で少し物足りなかったところは、依頼者の要求する物と自分の作りたい物の食い違いの中でどうやって折り合いを付けて行ったかという所です。

結局、欧米の金持ちの言いなりになって、やりたくもない仕事をやってお金を稼いでいたのか、それとも自分のやりたいこと、作りたい物を作ってその結果としてお金が稼げたのかという所が少し分かりにくかったです。著者は続編の本でこの辺りの事に詳しく切り込んでいるのかもしれません。この本ではそこまでの話までは行けなかったのかもしれません。

著者が作っている作品は大掛かりな物が多く、自分で作っているというよりも彼が指示を出して雇った人に作らせている事が多いです。そして、著者がやっているのは雇った人の管理や会社の資金繰りや経営、そして欧米の富裕層や画廊主への説明や交渉やマーケティングやプレゼン等が多いです。

そう考えると著者は芸術家なのだろうかと疑問を持ってしまいました。僕はむしろ優秀な経営者だと感じました。今までの芸術家のイメージと言うと、一人で作品を黙々と作り上げる人でした。そういう事もあり、大学や専門学校で教えている先生方からすると、著者は異端であり芸術家とは言えないという結論になるんだろうなと思いました。

本を読んでいて、著者は作品作りを楽しんでいる話はほとんど出てこなくて、苦労して努力して交渉したり説明したり人をまとめたりという話が多く、あまり楽しそうではなくむしろ大変そうだなという印象を持ちました。好きなことを仕事にすると楽しくなくなるのかなという気持ちにもなりました。

著者は日本の既存芸術界の既得権益層におもねる事はしませんでしたが、欧米の既存芸術界の既得権益層にはおもねているような気がしたので、やっぱり既得権益層におもねる事は仕事上必須なのかなという軽い絶望感は感じました。

著者は欧米は芸術作品を買う事は税金の控除になるという話をしていました。日本では控除にはならないらしいです。そういう事もあり、欧米では節税対策として芸術作品を買ったり、売れない芸術家を支援したりするそうです。欧米では芸術作品を買う事で税金が安くなり、日本では芸術作品を持っていると資産としてそこに課税されるそうです。この税制の違いが大きいなと思いました。この税制を変えない限り日本で芸術家が食っていく事はできないなと思いました。