我慢をやめる生き方へ

我慢することをやめ、やりたくないことはやらない生き方を貫いていきたいと思います。

2018年を振り返って。その3

これ以上、ごちゃまぜの家に甘えるわけにはいかない…。もうこれ以上、滞在期間を引き延ばす事はできない…。と言うか引き延ばしたくない…。それはなんか間違っている気がする…。

でも、リゾートバイトも大変で過酷な仕事ばかりだ…。

製造業系の住み込みバイトもやる前から大変なのは分かっている…。ああいう職場は僕の苦手な「正確に、速く、たくさん」作業する事が求められるに決まっている…。だって、速くやれれば人件費を減らせるわけだから…。でも速くやれない俺は多分、怒鳴られるか、注意されるか…、いずれにしろ精神的に苦しくなる事は間違いないだろうな…。長続きは難しいかな…。

横浜市の自立支援施設に入ってみようか…。

けど…。

保科亮太さんのメルマガに書いてあった内容がいつまでも心に残っている…。

 忘れないために引用させて頂きます。

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まず「お金のためだけに働くこと」ほど、人から人間味を無くさせていくことはありません。
本人が100%納得している場合は除いて、生活のため、家族のため、心を失ったかのように働くことは、あなた自身はもちろん、家族のため、ひいては地球のためによくありません。私も嫌というほど経験したからよく分かります。ブラックな仕事は、奴隷根性で働くブラック従事者がいなくならない限り消えません。結果、ブラックユーモアばかりの卑屈な性格に変わってしまう。環境問題よりもまずこっちをどげんかせんと。たとえ時間は売ってしまったとしても、魂だけは売り渡さなこと。完全に自戒を込めて書いております。

あと、「誰かに認められたくて働くこと」。これ、非常に危ういです。
特定の誰かに気に入れられたい、褒めてもらいたい、受け入れてもらいたいという“承認要求”が強ければ強いほど、かなり脆いです。
冷静になってみてください。自分ではなく、誰かのご機嫌に軸を置くということは、もうその人に振り回されっぱなしの日々です。その人の態度に一喜一憂して、落ち込んだり元気を出したりしているなんてみっともない。「あなたのためにやっている」なんて言っている人ほど、なにか上手くいかなかったときに「私はこんなにもあなたのために尽くしているのになぜあなたはー!?」なんてことを言いだすのです。「すべて自分がやりたくてやっている」。この姿勢が最高にシンプルかつ、潔い働き方、生き方そのものだと思います。

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引用終わり archives.mag2.com

僕はその施設に入所しながら、ごちゃまぜの家に通ってきて小屋を少しずつ作っていくという案について圭吾さんに話しました。

それに対して圭吾さんはいつになくピシッとした雰囲気で、内海さんがそういう中途半端な事をするなら僕も熱を持って支援し続ける事はできないし、内海さんとの関係もこれで終わりになると思います、と言うような事を言われました。

確かに言われてみてそれはそうだと思いました。

どっちにするかはっきりしなければならないなと思いました。

僕は到底、圭吾さんや保科さんを始めとするごちゃまぜの家に関わる人たちとの関係を終わりにする事はできませんでした。

今までの人生で、ほぼ、初めてとも言える「普通に働けない事を分かり合える」人たちは僕にとって掛け替えのない人たちだったからです。

その場で施設には入らない決断をしました。

施設に入ったらどっちみち嫌な仕事を押し付けて来る事も想定できたというのもあります。

そして、ごちゃまぜの家の庭の空いたスペースにテントを設置させて頂き、テント生活をしながら小屋を作っていく、という形で居させて頂く事になりました。

ごちゃまぜの家の横の空いたスペースにテントを張らせて頂くようになってからの生活は「ごちゃまぜの家日誌」というブログに書かせて頂くようになりました。

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