我慢をやめる生き方へ

我慢することをやめ、やりたくないことはやらない生き方を貫いていきたいと思います。

ひきこもりその22 失言により出入禁止

とあるひきこもり支援団体に半年ほど通っていたのですが、次のステップへと進んでいくことにしました。

このひきこもり支援団体のスタッフの方はみんないい人ばかりで、凄く居心地がよく、面談の時などは僕の悩みや苦しみをずっと聞いて下さり、理解を示して下さいました。そればかりでなく、ひきこもり支援団体なのに就労圧力を全く掛けずに僕に自由に振る舞わせて下さいました。北風と太陽で言えば太陽的な接し方でした。

 

そんなこんなで僕も緊張感が溶けてきて自由をはき違えてしまったのかもしれません。他者への配慮が足りなくなり、ある意味、のさばってしまっていたのかもしれません。

 

そこに通う人達にとって居場所のように寛げるところがあり、数名が集まって心の中のもやもやした思いを言葉にして語り合うイベントがありました。

ある日、将来の夢を話す機会がありました。

そこで緊張感が緩んでしまって、うっかり本音で語ってしまったのです…

 

僕の将来の夢は自死することなのですが、流石にそこまで言うと単刀直入過ぎると思い、僕は将来、自死支援団体のNPOを作りたいと言ってしまったのです… 自死支援団体は日本にはなくてスイスにしかないし、末期がんや不治の病などに冒されて生きているだけでも辛い、苦しい人を楽にしてあげたいとか、自分も利用したいとか言ってしまったかもしれません。あまり覚えていないのですが…

 

この発言は後々スタッフ会議でも問題になったらしいのです。

高校生も通っている人がいるし、影響も大きいのでそういう発言はしないようにして欲しい、ここは死ぬための支援をする場所ではなくて生きるための支援をする場所だから、と言われました。

全く以てごもっともな事を指摘され、場所をわきまえていなかった事を反省しました。

実は僕の向かい側に高校生が座っていたので、ちょっと過激な発言だったかなとは思っていたので、やっぱりか…という思いもありました…

 

その事があってからだんだん、居心地の良かった居場所のような場所にも行きづらさを感じるようになっていきました。

もともとそのひきこもり支援団体が開催しているプログラムは就職に向けたものが多く、まだ就職への意識が低い自分にはまだ早いなと感じるものが多くありました。

このまま通っていても現状を打開できないのではないかという思いもありました。

 

プログラムも合わないものが多いし、行きづらさも感じて来たし、どうしようかなと思っていたところ、近くの自立訓練事業所に興味深いプログラムをやっているところを発見し、そちらに通ってみようかなと思いました。

 

そう思っていたところ、今まで通っていたひきこもり支援団体のスタッフの方から、スタッフとの面談はこれからもできるけれど、内海さんには不十分なプログラムが多いし、他の人が参加するプログラムには参加しないで欲しいと言われてしまいました。これがいわゆる出入り禁止というものなのでしょうか。

確かにそこに通う人のメインの年齢層は若い人が多く、一度も働いた事がない人が多いらしいのです。プログラムも一度も働いた事がない人向けになっているので僕にはあまりフィットしていなかったのも頷けます。

 

今回のことにめげずに、これからも自分に合う団体、組織、支援サービスを探していこうと思います。

 

生き方を見つける旅は死ぬまで続く…