我慢をやめる生き方へ

我慢することをやめ、やりたくないことはやらない生き方を貫いていきたいと思います。

仕事その5 労働意欲欠如障害

先日精神科に行って発達障害(注意欠如多動性障害と自閉症スペクトラム障害気味)と診断されましたが、症状を抑える薬を飲むかどうかは一旦保留して考えることにしました。

しかし、その後ずっと心の中にもやもやした思いが渦巻いています。

なかなか言語化できなかったもやもや感を今日はこの場で言語化するのを試みてみようと思います。

 

発達障害と診断されて僕の今までの生き辛さの原因の一つがハッキリしたことは凄く良かったと思います。

ミスが多い、仕事が遅い、言われた事を忘れる(同じことを何度も聞いてしまう)、言ったことを忘れる(同じことを二回以上言ってしまう)、仕事に集中できない、たくさんの人間の集団に入るとその中の上下関係の読み取りや言動が不完全、目上の人とも対等に接してしまうなどなど…

マニュアル化された仕事が多い現代社会において、スピードが遅いこととミスが多いことは致命的ですよね。もう仕事は任せられない、ということになってしまいます。

 

発達障害だと診断された事は初対面の人に心の準備をしてもらうのに都合がいいというのもありますし、障害者雇用として働く時は不得意なことに配慮してもらえる道が開かれたという意味でも良かったと思います。

 

しかし僕のもやもや感はその次の段階のものだと気付きました。

今の僕の一番の困りごとは、不注意や仕事の遅さや物忘れの激しさではないんです。

働く意欲の欠如なんです。いわば労働意欲欠如障害です。そういう障害名があるのか分かりませんが…

 

なぜ働く意欲がないのかと言うと…

・マニュアル化された仕事を与えられても仕事のスピードや正確さの点で他の人よりもできなかった過去があり、やりたい気持ちが湧いてこない。

・マニュアル化されてない仕事は、マニュアル化された仕事を立派にやり遂げた人にしか与えられない。

・マニュアル化された仕事さえ満足にできない人間がマニュアルの改善を提案しても説得力もなく、聞く耳を持ってもらえない。

・自営業を起業するにしてもやりたい業務が明確になっていない。アイデアもない。

・興味ややる気の持てる職種、職場、会社が見つからない。

・会社の人間関係でいつも嫌な思いをしてきたので、何か対策を取らない限り(例、障害者求人だけに応募する等)同じことになる可能性が高い。

・時給1000円程度の仕事をしても豊かな暮らしができるわけでもなく、自分の自由な時間が減るだけでやる価値を感じられない。

 

こんな僕でも統一教会時代はすごくたくさん働いていました。

一日平均14時間労働で週7日、年間休日0日、月給2万円、年収24万円で9年間。究極のやりがい搾取ですね。成果が出せていたかは別としてたくさん働いていました。労働意欲のない僕がなぜここまで働けていたのかというと、一言で言えば統一教会の教義に洗脳されてマインドコントロールされていたからです。そう言ってしまうと簡単ですが、当時は教祖ご夫妻を人類の真の父母、メシアとして崇め、真の父母を中心とする人類一家族世界の実現を目指して意欲的に働いていました。僕にはそういう時代もあったんです。だから何かやりがいのある仕事さえ見つかれば、賃金が安かろうとボランティア的な仕事だろうとやれると思っています。見つかりさえすれば。僕にとって重要なのは「職種」や「賃金」や「労働条件」よりも「やりがい」や「目的」なんだと思います。

 

統一教会時代の次によく働けていたのは自営業時代、せどり(古本の転売業)時代ですね。この時は週6日一日12時間ほど働いていました。週4日ほどブックオフに通い、利幅の取れる本などを買ってきて、週2日ほど出品作業などの事務作業をしていました。ブックオフでの買い物は全く苦にはならず、裏庭に生えている栗やキノコやイチゴを採集してくるような感覚でした。イチゴ狩りを楽しむような感覚ですね。週2日の出品作業は確かに苦痛でした。最終的に苦痛に耐えきれず、出品代行会社にすべて外注するようになりました。せどり事業自体は最後まで黒字だったのですが、高額ワークショップや高額ビジネス講座に参加しているうちに借金が700万円を超えて破産することになりました。

この時代の自分を振り返ってみて思うのは、作業が楽しくて苦痛もあまりなく、それなりに美味しく稼げれば「やりがい」や「目的」がなくても働けるんだなということです。

 

前回の精神科への通院では、労働意欲や仕事、働き方や生き方に関する話まで行けなかったので上記の悩みを相談してみようと思っています。