「ありのままの自分を受け入れる」その14 赤ちゃんと距離を置く事にしました。
この体勢は普通ですよね。
そこからいつの間にかこういう状態になっていました。
かなさんを産後鬱にしてはいけないと思って頑張ってきた結果、僕の方が産後鬱詰になってきました。
かなさんの方がはるかに頑張っているのに僕の方が先に限界を迎えるとは情けない気持ちになりかけましたが、人によって得意分野不得意分野は違うし、仕方ない事だと思います。
僕にとって何が一番しんどかったかと言うと、夜に熟睡できなかった事です。
夜中に起きて手伝う事は止めましたが、かなさんや赤ちゃんと一緒の部屋で寝ていました。その結果、赤ちゃんが夜中に泣いた時に僕の目が覚めたり眠りが浅くなる事で、疲れが取れず、しんどさが蓄積するようになりました。朝起きた時点で疲れ切っているのです。毎日夜勤、毎日夜勤明けのようなしんどさがここ一ヶ月続いていました。
このような肉体的な疲れが土台にあり、その上に精神的なしんどさが重なりました。元々騒音に弱く、人の声よりも雑音ばかりを拾いやすい耳なのです。僕にとっては赤ちゃんの泣き叫ぶ声が堪えました。泣いて、ミルクをあげて、吐かれて、その結果すぐお腹が空いて泣いて、ミルクをあげて、吐かれて… この無限ループ。この無限ループで精神もやられました。我慢の糸がプツッと切れました。
かなさんから僕の顔(表情)が恐いと言われるようになってしまいました。
そしてかなさんと話し合いました。僕はもう子育てはほぼ手伝えないと。やりたくてやっているわけではなく、(僕よりも大変そうに見える)かなさんを助けたい一心でやっていただけだと。
かなさんも限界になったら赤ちゃんの口にガムテープを貼り付けるしかないよと。
そういう事を言ったらかなさんに泣かれました。
これでは幼児虐待ですよね。
だから僕はまずは自分の疲れを取るために、一緒の部屋で寝る事は止める事にしました。
夜は二階の別の部屋で寝る事にしました。
やっぱり熟睡度が全然違い、朝起きた時点で疲れが取れていました。
僕はやっぱり夜勤は体質的に合わないんだと痛感しました。
僕はかなさんも限界を迎えているかと思っていましたが、かなさんは僕よりも頑張っているにも関わらずまだ大丈夫だそうです。
僕は元々子育てには興味がなく、好きでもなかったのです。
でもかなさんが一人で頑張っている姿を見ていると手助けしたくなっただけなんです。
それと、働いてないんだから家事や育児位はやるべきだという道徳的な縛り、家事育児を頑張るいい夫として見られたいという承認欲、かなさんから嫌われたくないし好かれたいという思い、そういういろいろな他人軸に無意識の内に巻き込まれていたというのもあったと思います。
そしてその結果、いつの間にかかなさんと赤ちゃんだけを大切にして、自分自身をないがしろにしていました。
心が枯れていたんですね。
だから昨日は二階でゆっくり読書の時間を取りました。心の栄養ですね。人を大切にする前に自分を大切にしないとダメなんだと思いました。
なぜなら不機嫌になってしまうからです。
赤ちゃんを取るか、自分を取るか、二択を迫られていたのです。
しかし、昨日からは自分を大切にする時間を取る事にしました。
昨日読んだ本の中に、まさに自分を大切にする事の大切さが説かれていて、とてもタイミングが良かったと感じました。
頑張らないで自分の価値を認める事が大事だと。そうするとお金や豊かさが流れ込んでくると。
これからは頑張らないで無理しないでやれる範囲でやり、それよりも先にまずは自分の価値を認めていきたいと思います。