雇われないで生きる道

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統一教会その9 僕と統一教会との関わり

僕と統一教会原理研究会)との関わりを振り返ってみたいと思います。

1994年2月の大学1年の終わり頃、帰宅時の路上で原理研究会の会員から声を掛けられました。

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路上での声掛け、アパート訪問など、いろいろな勧誘があります。(出典:いらすとや)

1994年2月、原理研究会の2デイズ合宿参加。

1994年2月、6デイズ合宿参加。

1994年3月、新人研修会参加。

1994年8月、新人研参加(2回目)、会員になって活動して行く意志を固める。

大学在学中は原理研に通い、教義の学習に精を出す。勧誘や訪問販売活動はほとんど携わらず。親に原理研究会に入った事を伝えるも反対される。原理研究会を続けるなら勘当だと通告される。

1996年春ごろ、親に置き手紙を残し、家出して原理研究会の独身寮に入る。

1997年3月卒業と同時に原理研究会での奉仕活動や勧誘活動を始める。

1997年10月ごろ、合同結婚式を受ける為に7日間断食をする。

1997年11月、ニューヨークまで行って合同結婚式を受ける。

1998年4月~慶応大や青学大等で勧誘活動と合宿のスタッフをする。

1999年4月~海外の原理研究会員との交流で韓国、中国、ロシアなどへ行く。

2000年4月~新潟大で新聞会の編集長をする。

2001年1月、ニューヨークで合同結婚式に参加。

2001年秋頃、婚約者が親に拉致監禁される。一人で自力で脱出するも、そのショックでPTSDになる。

2002年4月~大阪大で副学舎長(大阪学院大での勧誘担当)

2003年4月~関西ブロック総務部長

2004年4月~関西ブロック研修所所長

2006年5月、婚約破棄の届け出、原理研究会職員退職、原理研究会退会。

こうして見るとたくさんの人を勧誘し、洗脳し、たくさんの人の人生を狂わせてきました。中には原理研究会に入って幸せになった人もいますが、その割合は極わずかですね。

また、訪問販売や新聞会で多額の寄付を募りましたが、その内の少なくない割合が原理研究会の活動資金に回されていたのではないかと思います。

活動していた頃は、同年代の兄弟姉妹たちと世界平和という大きな夢に向かって助け合いながら楽しく活動していました。

そういう事もあり、給料は毎月2万円程度のお小遣いだけでしたが、雑魚寝の学生寮に無料で住めて食事が無料で提供されていたので、これと言って不満はありませんでした。不満と言えば恋愛が禁止だったのが辛かったですね。でも教義上の掟なのでみんなで仕方なく我慢していたので我慢できたんだと思います。

今振り返ってみても、辛い事や苦しい事や貧しい事もありましたが、楽しい事の方が多く、総じて満足度の高い生活をしていたように思います。そういう事もあり、僕は原理研究会統一教会に対して恨み・憎しみ・怒り・悲しみと言った物はありません。

むしろ自殺から救われた恩義も感じています。

実は1994年3月の春休み中に自殺する予定で薬も致死量買い込んでいたのですが、原理研究会にすっかり洗脳されて恐怖信仰を身に着けた事で自殺すると悲惨な霊界に行くと思い込み、自殺を回避できたのは良かった事でした。

しかし、12年間の統一教会での活動で社会に対してマイナスの影響を与えてきた分、これからの人生では社会に対してプラスの影響を与えていく事で帳消しにしていけたらいいなと思っています。