我慢をやめる生き方へ

我慢することをやめ、やりたくないことはやらない生き方を貫いていきたいと思います。

彼女ができてしまいました…

なんと… 彼女ができてしまいました!

これを見た貴方。ついに内海も苦しみと悲しみのあまり、幻覚が見えるようになったと思いましたね?

いえいえ本当ですよ。僕も自分に起こっている現実が何か変だと思ったからしばらくブログには書かなかったんですよ。

じつは数日前から彼女ができていたのです…

あまりにも出来過ぎな展開で戸惑っていたのです…

これってドッキリなんじゃないか… あまりにも上手く行き過ぎな現象が目の前で展開しているので、これは現実なのか夢なのか頭がボーっとしてよく分からなかったのです。なるほど、目の前に見える現実っぽい展開はまさにいわゆるこれがホログラムってやつだな…、そういう思いでした。

やっぱり恋愛っていいですね。ハグしてるだけで幸せになってしまいます。

恋愛すれば幸せになれるに違いないと思い込んで生きてきましたけど、まさにその通りでした。若い頃から恋愛を楽しめていた人が羨ましい…。でも過去は変えられないからしょうがない。今からでもやりますよ、恋愛。45才だろうと70才だろうと100歳だろうと関係ない。人目を気にせずやります。ホームレスのくせに就活もせずに恋愛します。

「アミ 小さな宇宙人」三部作を読んで衝撃を受け、恋愛に対して矛盾した気持ちを抱えて生きてきました。アミは進化した別の惑星の宇宙人(実在の人物)ですが、彼からすると地球人の「ラブロマンス」というのは本当に低俗で不必要なものらしいです。それからすると僕はアセンションできない三次元の俗物という事になるんだなと思いました。でもしかたないです。それがありのままの僕だったんです。愛の度数も低いんでしょう。でも彼女ができて今人生で一番幸せを感じています。人生で一番貧乏なのに、人生で一番働いてないのに、人生で一番努力してないのに、人生で一番年収が低いのに、人生で一番髪の毛が少ないのに、人生で一番高齢なのに、彼女ができてしまい、人生で一番幸せになってしまった…。

やっぱり今年は良い意味でおかしい年だと思いました。

「働かざる者食うべからず」。これが僕の家の家訓でした。母親が事あるごとにこの言葉を語って来ました。一度ならず何度も。しかも、凄まじい鬼婆か恐ろしい般若のような形相で、信念と確信と怒りと恨みを持って語ってきました。小さな子供は純粋にそれを信じ、受け入れ、潜在意識の奥深くまで落とし込んでしまいました。親に逆らえば食事は与えられませんでした。親の言う事を守れなければ餓死しか道がない。死。大げさでも何でもない。守れなければ外に何時間でも放置された。餓死と隣り合わせの幼年時代でした。

虐待死と隣り合わせの少年時代。暴行死と隣り合わせの青年時代。逆らえば死、あるのみ。スターリン並の恐怖政治。金(食料)と暴力が支配する密室。それが即ち、家庭でした。

そんな暴行密室を生き延びてきた虐待サバイバーが今、働かざる者なのに食べている。

子供時代の労働とは勉強。勉強で成果を出せないものには食料は与えられない。与えられるのは懲役または暴行または餓死。

勉強ができない者とは仕事で成果の出せない者、仕事で成果の出せない者にとって、恋愛とか結婚は夢のまた夢。恋愛などという物は勉強のできる者のみに許された贅沢品、特権階級のみに許された贅沢品でした。

しかし今、働かざる者が食い、特権階級のみに許された贅沢品である恋愛を楽しみ、人生で最高の幸せを味わっている。

ついに母親から洗脳された思想「働かざる者食うべからず」を破壊した。