雇われないで生きる道

やりたくないことをやらないで生きる方法を探求しています。

「ありのままの自分を受け入れる」その21 社交確信障害

とあるひきこもりの集まりに行った時、社会不安障害の人と出会うことができました。社交不安障害とも言うみたいですが、その人は精神障害者手帳の3級を持っていらっしゃいました。

僕は社会不安障害という病気を知らなかったので帰宅後に調べてみました。

対人緊張や対人不安が強く、その結果として対人関係を避けるようになる病気らしいです。

僕は10代、20代の頃は対人緊張や対人不安が凄く強かったなぁと思い出します。

高校~大学の頃は女性と話そうとすると緊張しすぎて息が吐けなくなり、呼吸困難になっていました。

女性と付き合いたいし恋愛もしてみたかったのに、息ができなくなるので会話もできませんでした。息が苦しくなってその場から逃げ出すこともありました。ここまで来るともはや病気ですね(笑)。

人前で喋ろうとすると、緊張し過ぎて膝がガクガク震えました。

大変だったなぁという思い出があります。

でも今はいつの間にか治ったように思います。

人からどう見られているかをあまり気にしなくなったからだと思います。

40代も後半になり、人に対しても自分に対しても期待しなくなり、良く思われたいと思わなくなったからだと思います。

こうして社交不安障害は治りましたが、社交「確信」障害になってしまっているのではないかと思います。

何を確信しているのかというと、対人関係の不安や緊張はなくなりましたが、対人関係は確実に上手く行かないという確信が出来上がってしまいました。対等な関係の交流は問題なく出来るのですが、会社組織やシェアハウスなどの上下関係が強い組織では必ず人間関係が上手く行かなくなります。

つまり、僕の場合は対人関係に不安はなく、確信(どうせ上手く行かないという確信)があるという状態ですね。

不安というのは、上手く行かないのではないかとか、上手くいって欲しいという期待があって、その反作用のようなものなのではないかと思います。

やる前から確実に上手く行かないと分かっていれば、期待も不安もなくなります。

僕は今そういう状態なので働く意欲が湧いてこないんだと思います。

 

僕は大学時代のアルバイトから卒業後の仕事も含めるとたくさんの職場、職種を経験してきました。

それでどの職場でもどの職種でも必ず人間関係が上手く行かなくなり、嫌な思いをしてきました。

苦しさに耐え切れずに自分から辞めてきました。

もう働くことが心の底から嫌になりました。

もう二度と働かないと決意しました。

それがちょうど2年前のことですね。

 

でも今、生活保護を受ける身になって、そして妻子ある立場になって、迷いが出てきました。

ケースワーカーからの就労圧力が辛いからもう生活保護を辞退するのか…

実際に辞退した場合、妻子はどうなるのか…

全く予想が付きません。

僕がホームレスに戻り、妻子がシングルマザー家庭として生活保護を新たに受給するのか…

流石にどんなに厳しいケースワーカーでもシングルマザーに働け働けとは言えないような気がします。

僕がホームレスに戻るのも悪くないような気もします。

生活保護ではホームレスを救えないという事実を世に問うことができるかもしれません。

日本にはセーフティーネットがないことを世に知らしめることができそうです。

そういった意味では生活保護を辞退することにも意味があるのかもしれません。

 

僕はケースワーカーからの就労圧力や妻子の存在もあり、働いていない自分の今の状態を心の奥底では許せていなかったように思います。

でもとあるベテランカウンセラーの方から、今は心が疲れているから休んでいていいと思う、エネルギーの回復をする時期なんだと思う、働けない自分を許さないと本当の意味で心は休まらないと思う、と言われました。

働きたくない自分を許すのか、受け入れるのか、それとも働きたくない自分を許さず、無理して働かせるのか、今、その岐路に立っているような気がします。

政治その10 アメリカ大統領選を見ての思い

アメリカで大統領選があったようですね。

僕はバイデンよりも太陽光発電の方が好きです(笑)。

だからバイデンさんにもトランプさんにも期待してないです。

一時期トランプさんに期待してた時期もありましたが、ワクチンを強制しようとしている時点でもうダメだと感じました。

バイデンさんの得票数を見たら7500万票で、トランプさんが7000万票でした。

アメリカの人口は3億2900万人ですから、バイデンさんに投票した人は7500万票÷3億2900万人=23%。77%の人の意見が無視された形になりますね。

これのどこが民主的なんでしょうか。僕には民意が反映されているとは全く思えませんね。

77%の人の意見はどうなるのでしょうか。

アメリカ式民主主義、アメリカ式投票制度というものがいかに庶民の意見を無視しているかが分かります。

からしたらもう大統領なんていらないですね。

日本人の僕にとってもアメリカ大統領はいなくても困りませんけど、アメリカ人の庶民にとっても大統領なんていなくても困らないような気がしますけどね。

副大統領がいればOKという話ではなく、連邦を作る必要がもうないと思います。

アメリカ軍もいらないと思います。

州ごとの自治に戻したらいいと思うんですけどね。

3億2900万人もの人間が同じ意見になるなんて不可能だし、同じ国としてまとまっている必要はないと思います。

アメリカという国がなくなればアメリカ軍もなくなり、世界が平和に一歩近づくと思います。アメリカ軍を維持しなくてよくなるから税金も安くなるしいいことづくめですね。

もう国家というもの自体がいらないと思うんですよ。

国家というものは多分、戦争するために作られた組織だと思うんですよ。

国家や国軍がなくなるとすぐに攻め込まれるという意見もありますが、本当にそうでしょうか。

日本よりも小さくて軍隊も小規模な国がいくつも独立を保っています。

そういう国を見習いたいですね。

書評その121 せつない動物図鑑 ブルック・バーカー著、服部京子翻訳

小学生向けの絵本ですが、僕が読んでも面白かったです。

著者が描いた動物のイラストに、著者が調べた動物の面白い特徴が書かれていました。

笑えたのはとあるインコ。

オスのインコは好きなメスのインコの口にゲロを流し込むんだそうです。キスの目的は自分のゲロを流し込むことなんだそうです。笑いました。

あとはオスと戦ってオスに勝ったら交尾せず、オスに負けたら交尾するメス。オスに対して求めているのは強さのみ。体の大きさとかイケメンかとか全く関係ないそうです。

あとは面白い子育てをしているオオバンという鳥。

最初に生まれた子供だけに餌を与え、第二子以降の子供には一切餌を与えないという子育てをしています。当然、最初の子以外は次々に死んでいきます。

そして一週間ほど経つと、今度は一番下のヒナだけを可愛がり、最初に生まれた子供には一切餌を与えなくなるそうです。

著者はこの鳥の子育てを「えこひいき」と表現していましたが、もはやえこひいきを通り越して虐待に近いのではないかと思いました。

ひきこもりその18 ひきこもりと保健師と親

先日、ひきこもりの家族会のメンバー数人と一緒に、10人近くの保健師さんたちと意見交換できる集まりに行きました。

保健師さんというと、予防接種とか母子手帳とか食品衛生とか捨て猫対応などの仕事をしている人達だと思っていましたが、ひきこもりの事にも関わってくれていることがわかりました。

ひきこもりだけでなく、精神障害者にも関わって下さっている人たちなんですね。

保健師さんたちの多くが女性でした。看護師さんのような優しいオーラを出している女性が多かったように思いました。

保健師さんはひきこもりの相談に乗って下さるそうですよ。本人だけでなく家族も。これはありがたいことです。でも知らない人が多そうだなと思いました。

僕だったら保健師さんと相談したいと思いました。

でも多くのひきこもり本人は、せっかく保健師さんが家庭訪問してくれても会わない人が多いらしいですね。

僕もその気持ちは分かります。ほっといてくれ!と頑なに拒みたいんだろうなと思います。

本人が望んでもいないのに親が勝手に保健師を呼んで、ひきこもり本人に相談させても難しいのではないかと思いました。

なぜ保健師さんとの話を拒むのか?

拒んでいる人に話を聞いたわけではないので推測でしかないのですが…。

まず、

1、保健師さんと相談しなければいけない状態にいる自分の立場が恥ずかしいとか、

2、親が呼んできた人は親とグルに違いないから、どうせ働けとか学校行けという結論だから話したくないとか、

3、親が呼んできた人と会わないことによって、それを親を困らせるカードに使いたいとか、

4、どうせ説教されるに決まっているし、その説教はもう聞き飽きたとか、

5、とにかく親とは口を利きたくないし、親の指示には従いたくないとか、

いろいろな理由があるんだと思います。

僕の意見としては、保健師さんは親から頼まれても本人に無理に会おうとする必要ないのではないかと思います。

なぜなら、ひきこもり本人にとっては、親の味方である保健師は敵だと思っている可能性が高いからです。

まずは親の困りごとや悩んでいることを聴き、親の苦しみを解決し、親が心の余裕を持って子供に接することができるようにするだけでも、ひきこもり本人にいい影響を与えることができるのではないかと思います。

僕はいろいろな本を読んで、ひきこもりは親の態度が変わると自然と解決に向かう事例を見てきました。

親がひきこもり本人のことをいい意味で諦めて、親自身が楽しめる何かを見つけたり、自分自身の人生を充実させて喜んで生きるようになると、ひきこもっていた子供が突然働き始めることが多いらしいです。

 

僕は親が子供の行く末を心配する気持ちも分かりますが、親だけでなく、日本の社会全体がもっとひきこもりに寛容になって欲しいですね。

親がひきこもりを許せないのは、日本の社会全体がひきこもりを許さないからというのも大きいと思います。

ひきこもりは、今の日本では赤紙が来たのに召集に応じない非国民として見られています。街を堂々と歩く事もできません。隠れてコソコソ生活しなければなりません。人目を避けて夜型生活になる者も多いです。(僕は例外的に開き直っていますが(^^ゞ)

徴兵逃れをしている非国民なんだから人権なんて認める必要はない、義務を果たしていないんだから権利を与える必要はない、だから健康で文化的な最低限度の生活を送る権利はないと見られています。これが今の日本のひきこもりの立場です。

 

ひきこもっていても働いていなくても学校に行ってなくても全く恥ずかしくない社会、多様性を認める社会になって欲しいなと思います。

書評その120 僕たちはもう働かなくていい 堀江貴文著

AI(人工知能)やロボットの発達によって、僕たちはもう働かなくていい、という主張が書いてある本でした。

AIやロボットの発達によって人間の職が奪われるから、AIは発達させないほうがいいという意見もありますが、世の中の流れはもう止めることができないそうです。

もはや、好むと好まざるとに関わらず人類はAIやロボットの発達を受け入れるしかないようですね。

この本は2018年の終わりごろに執筆され、2019年2月に出版されましたが、その頃までのAI業界の様子が分かり易くまとめられていました。

著者はAIの発達によって面倒な仕事は機械がやってくれるようになるので、人間は好きなことだけしていればいい、遊んでいるだけでいいと主張していました。

確かにそうなったら嬉しいですね。

でも僕は読んでいて著者ほどには楽観的にはなれませんでした。

著者は面倒な仕事がどんどんなくなる点だけに注目されていましたが、それは光の部分だけで闇の部分もあると思いました。

確かに機械に取って代われらる職種は増えていきますが、それと同時に今までになかった仕事がどんどんできてくるように思います。

パソコンがなかった時代にはシステムエンジニアとかプログラマーという仕事がなかったように。

だからAIの発達によって人間が働かなくて済むようになるとは思えませんでした。

むしろ機械の発達によって人間の労働時間はどんどん増えているように思います。

人間の労働時間が一番短かったのは狩猟採集時代らしいじゃないですか。

それが農耕の始まりによって急激に労働時間が増え、産業革命によってもっと労働時間が増え、情報革命によってもっと労働時間が増えたように思います。

今の時代、もっとも労働時間が長いのがIT業界じゃないですか。

今もIT業界は慢性的な人手不足ですよね。

 

あと、著者はこれからは働かなくていい時代になるので、そのためにベーシックインカムが必要になるし、ベーシックインカムに賛成していました。

僕もベーシックインカムはありがたいと思いました。

でもその設計には細心の注意を払う必要を感じています。

ベーシックインカムが継続すればいいと思いますが、今の支配者層は継続するつもりがないという話を聞いた事があります。

甘い話を掲げてベーシックインカムを導入し、それと引き換えにすべての福祉政策を廃止します。そして数年たった後、「財源がなくなりましたので無理になりました」ということで、ベーシックインカムを廃止します。

 この手法でベーシックインカムも、年金や健康保険などの今までのすべての福祉政策も廃止できます。支配者層にとってはすべての福祉政策を廃止するのが目的で、ベーシックインカムはあくまでのその撒き餌に過ぎないのです。

だから僕はベーシックインカムは眉唾ものだと感じています。

(今の年金の手法とよく似ていますよね。どんどん支給開始年齢が引き上げられているじゃないですか。支給開始が80歳まで引き上げられるのは時間の問題だと思いますね。納付だけさせて支給はしたくないというのが支配者層の本音だと感じます。)

 

あと、AIやロボットの発達で農業が自動化するので食糧は無料になると書いてありました。

本当にそうだとありがたいのですが…

今でさえ食料は余っているというじゃないですか…

それなのに多くの日本人が食費を切り詰めてカツカツの生活をしています。餓死する人もいます。

そこを著者は見落としていると感じました。

いくら食料が大量生産されようともそれが貧困層までしっかりと行き届くかどうかは別問題だと思いました。

それにアメリカや中国では今でもロボットで小麦やトウモロコシを大量生産しているそうですが、その小麦やトウモロコシの質についての言及がありませんでした。

遺伝子組み換え、農薬、化学肥料などが人体に及ぼす影響が本当にないのでしょうか。

近年の成人病やアレルギーの急増の原因は何なのか、食事にその秘密があるように思うのですが…

 

この本はAI革命の光の部分の説明はよくできていると思いましたが、闇の部分についての言及がありませんでした。

情報革命の申し子である著者ですから、そうなってしまうのも無理はないのかもしれません。

確かに情報革命によって生活は便利になりましたが、格差、ホームレス、精神病患者、自殺者、環境破壊、内臓破壊、神経破壊、労働時間増加などが加速しています。

僕はこの本を読んで勉強にはなりましたが、希望は感じませんでした。

赤ちゃんその35 離乳食と学校

最近ニート支援団体で学校のようなシーンに出くわしました。

先生が生徒に「これ知っている人いますか?」と問いかけました。

僕はそのシーンに何となく違和感を感じてしまいました。

なぜか手を上げるのが恥ずかしくなったのです。

なぜ手を上げるのが恥ずかしかったのか…

知ったかぶりをするのが恥ずかしかったような気がします。

日本人的な不思議な感覚ですね。

知っていることは恥ずかしいことでも何でもないのに…

そのとき、ふと、(もしこういうシーンで自分だけ知らなかったら、それはそれで恥ずかしいかもな…)と思いました。

それで小学校や中学校の時のことを思い出しました。

みんなが知っていることを自分だけ知らないのは恥ずかしい。

逆に、みんなが知らないことを自分だけが知っていると手を上げるのも何だか恥ずかしい。

僕は「恥」という概念に心を支配されているんだなと思いました。

 

小学校や中学校で習うことって本当に必要ないことが多かったように思います。

二次方程式の解の公式を中学校で習ったような記憶がありますが、人生で役立ったことが一度もありません。三平方の定理も人生で使ったことがありません。

本当に時間も労力も無駄だったと思います。

それよりも大事なことはたくさんあり、子育てなんかもそうです。

子育てのやり方について僕は何も知りませんでした。

親から酷い目にあったので親を反面教師として、それの反対をやろうという思いだけはあります。

最近調べ始めたのが離乳食です。

生後六か月を超えて、かなさんが離乳食を始めました。

僕は離乳食に関して何も知りませんでした。

僕は離乳食はまだ早いのではないかと思っていましたが、ある本を読んでいたら、生後2ヶ月ぐらいから始めてもいい(果汁から始める)し、早ければ早いほどいいと書いてありました。

離乳食一つを取ってみても、いろいろな本やいろいろな意見があり、どれが一番いいのか分かりません。

学校というのは無駄なことばかり教え込んで、必要なことをほとんど教えない場所だという思いが僕は強いです。

だから息子が学校に行きたくないと言ってくれたらと願っています。

学校にどうしても行きたいなら止めはしないけど、できるだけ行ってほしくないと思っています。

実際、小学校を中退した人と話したことがありますが、普通の人よりも賢い感じを受けました。その人はちゃんと働けていますし、学校なんて行かなくても何も問題ないと思います。

子どもに無駄な知識を無理矢理詰め込むことよりも、僕は好きなだけ遊ばせたいと思います。

子どもは遊びからいろいろなことを学ぶし、遊びを極めればそれが仕事になると思います。遊びを極めていく過程で何かを学びたくなったら、学びたいことだけを専門的に学べばいいのではないかという気がしています。

僕は今の義務教育制度というのは、明治政府が富国強兵のための兵士を量産するために始めた物だという認識があります。

戦場で従順に将校の言う事に従う歩兵を作るためです。

将校役が小学校の先生で、ランドセルが陸軍のリュックサック、体育の時間は軍事教練です。

第二次大戦後は学校の目的は兵士の量産ではなくなり、工場で働く納奴を量産する目的に切り替わりましたが…

でも、経済戦争を戦う「株式会社」という歩兵師団に、「新卒」という二等兵を送り込む図式は戦前の構図とほとんど同じですから、学校制度も明治の頃からほとんど変える必要がなかったんだと思います。

 

あと、僕にとって学校の一番嫌いな所はいじめがあることです。

いじめを受けても多くの子は親にも先生にも言えず、黙って耐えるという選択をする子が多いようです。

親に言っても先生に言っても友達に言っても助けてもらえないことを悟っているからだと思います。

親や先生や友達に言ったことがばれると、いじめっ子からのいじめがさらに激しくなることを悟っているからです。

大人の社会には法律や警察や弁護士がいて、一応の秩序が保たれていますが、小学生や中学生の間には法律も警察も弁護士もおらず、暴力だけが支配する世界になっていると思います。

そんな世界に可愛い子どもを送り込むのは虐待に等しいのではないかと思います。

赤ちゃんその34 寝返りだけで1メートル移動

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机の下に移動していた赤ちゃん

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かなさんを見つめる赤ちゃん

まだハイハイはできないのですが、寝返りだけでゴロゴロ転がって移動できるようになりました。

布団から1メートル以上離れている机の下まで寝返りだけで移動してしまいました。

最近はかなり大きな声も出せるようになってきました。

遊びも好きになり、退屈して来るとすぐにわめいたりうめいたりするようになってきました。